草戸千軒町

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広島県に洪水によって滅び、長い間埋もれていた町があります。鎌倉時代から室町時代にかけて約300年間福山市に存在していた都市、草戸千軒町です。

この町は江戸時代に記された『備陽六郡志』という書物に登場しますが、その時点でどのような町だったのかは忘れ去られており、想像上の町だと考えられていました。

戦後、1961年に初めて発掘調査が行われてその存在が証明された草戸千軒町とはどのような町だったのでしょうか。

 草戸千軒町は瀬戸内海の芦田川河口の港町でした。他の地方との物流が盛んであったこの都市には多くの商工業者がおり、朝鮮半島や中国大陸とも交流があったと考えられます。

また、漆塗りや鍛冶のどの手工業生産も盛んであり、草戸千軒は商工業の盛んな活気あふれる町だったと考えられています。

 これらの事は出土した数多くの資料によって証明されました。食事の道具、調理道具、食べ物の残り、履物、化粧道具、職人道具等が出土し、貸し借りしたお金とその利子を書いた木まで出てきたそうです。

 草戸千軒町の遺跡は芦田川の中州にあったため、現在遺跡の大部分は洪水対策のために取り壊されてしまいました。しかし、この調査のおかげで今まで知られていなかった中世の生活の実態が判明しました。

この発掘をきっかけに日本全国のあらゆる場所に中世遺跡が埋まっている可能性があることが認識され、調査が実施され始めました。

草戸千軒町の発見は広島の地域史だけではなく、日本中世史研究の進展に大きく影響を与えたのです。

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